2024年6月5日(水)から配信開始となったスター・ウォーズの新ドラマ『アコライト』。
今回は第5話「夜」(Night)のネタバレ考察・感想をお届けします。
ネタバレ解説
ジェダイ壊滅
前回の続きとなるマスターvsジェダイがスタート。
マスターの左手にはバングルのような特殊な装置が付いており、ライトセーバーの起動を一時的に無効化することができるようです。
この装置で窮地に陥った日本人ジェダイは、ヨードに一度命を救われるも、他のジェダイと同様に彼の刃に沈みました。
ケルドアのジェダイをわりと瞬殺させたの、プロ・クーン大好き人間のフィローニさんはイヤだったろうな…笑
オーシャが逃走中に懐中電灯を使いました。
非ジェダイに懐中電灯を持たせるというのは、EP9のポーを意識したオマージュですかね。
マスターの正体
ジェキのエルボーでマスターの正体がついに明らかになりました。
カイミールと分かったところで、カイミールが何者なのか何も分かってないので、何とも言い難い。。
「シスと呼ばれる」とは言いましたが、ダース・ベインの系譜を継ぐ真のシスであるかは怪しいところです。
弟子“アコライト”を探しているものの、求める理想はシスとは違うようにも聞こえます。
あえて「お母さんが頭の中に入り込む能力を持っていた」とオーシャに言わせているので、魔女が黒幕でカイミールはスノーク的な存在という筋もあり得ますかね。
セリフ
声を聞いて戻ることを決意したオーシャのセリフ。
We have to go back.(戻らなきゃ)
We’ve got to go back.(引き返して)
by レイア(エピソード5/帝国の逆襲)
メイには闇堕ちアナキンと重なるセリフが当てられました。
They’ve turned you against me.(私に敵対させようと)
You turned her against me.(あんたのたくらみだな)
by アナキン・スカイウォーカー(エピソード3/シスの復讐)
チュン・ソロの感想
今更ながら音楽担当を確認
配信開始前、ジェキ役を演じるダフネ・キーンにより以下のニュースが報じられました。
ジェキ役の人の発言であり、ジェダイの師弟vsシスという同じ構図であることから、今回のライトセーバー戦を指しているので間違いないでしょう。
確かにEP2ジオノーシスの戦いまでとは言わずとも、それに次ぐ規模のライトセーバー戦でした。
ただ、どこか緊迫感に欠ける…。うまいし速いんだけど乗れない。
ということで、ダース・モール戦を超えたいのならば、ジョン・ウィリアムスも超えなければならないことがはっきりしました。
本作の音楽担当はマイケル・エイブルズ。ジョーダン・ピール監督とよく組んでる方ですね。
本作全体にわたっては、スター・ウォーズらしさを残しつつも一定の雰囲気が出されているように感じますが、アクションシーンの音楽には向いてないかも…。
悪くないけど、常に4割ぶかしのエンジンって感じ。。
聞こえとしては、ズンズン、ズンズン、SWっぽい音、ズンズンチャ、ズンチャ、ジャーン みたいな…
これじゃあ私の気持ちとしては、運命の闘いには到底及びません…。
まだアコライトの鼻歌歌えないもんな…。
アソーカのエンディングは大好きだし、ボバボバボーはたまに脳内再生されるし、マンドー登場といえばあのモチーフだし、若干音楽の印象が薄いアンドーでさえ、ズシンと来るあの重苦しいオープニング音楽は心に残ってる。
やはりスター・ウォーズは音楽と共にあり。
ジェキさん
初めて手元を間近で見られましたが、斑点が付いていたのですね。
身長差があるので、ケルナッカのライトセーバーがサイズ合ってないのも細かいですね。
マスターの一撃をケルナッカセーバーで受け止めるところは痺れました。
あの終わり方は酷です…。
マスターの戦術
プリクエルのダークサイダーたちの戦術がところどころ見られます。
マント投げは対オビ=ワン戦でヴェントレスが、急な追加ライトセーバーでの一刺しはナダール・ヴェブ戦でグリーヴァスが、クリーチャーに囲まれて退場するのはスローン大提督(?)
訳
“マスター”が仮面外れる前に、You don’t remember me? を「俺」で訳すのはなしじゃない?まあ声も低いからカイミールさんでほぼ確してたけど、ニュートラルな「私」がいいんじゃないか?
追記の余談
ちょっとTL見てたら怖くなってしまいました。
アコライトを楽しんでいる方々が「アコライト楽しめない人がいるんだ」みたいなことを述べる感想が怖いです。
これって、他の作品の文脈を知った上で楽しめてるのが私たちで、余計な先入観等々で楽しめてないのが他の可哀想な人たちとして、ファンを二分して認識してるように感じます。
共和国の先進的な知識を広げるコアのジェダイたちと、啓蒙の足りてない野蛮なアウターリム。
私はTLにハイ・リパブリックを見たわけです。
そりゃ娯楽作品なので楽しめることも楽しめないこともあるでしょう。
一方で、アコライトの文脈を楽しんでいる方々にとっては、シークエルや多様性への不必要かつ過剰なバッシングを耐える長い冬があったことも事実でしょう。
普段から抑圧にさらされてきたのが、ハイ・リパブリック実写化で満を持して現スター・ウォーズのメインストリームに躍り出たわけですから、その分楽しめる気持ちも分かります。
でも、それを他の人にぶつけるのってハイ・リパブリック期の正義を振りかざすジェダイそのものじゃないですか?
私自身の話になると、EP8、EP9公開当初は酷評記事も書いており、バッシングに加担した人間であるので、偉そうなことを言える立場ではありません。
言葉が一度口を出て他人に何らかの影響を与えれば、発言を取り消しても影響を与えた事実は残り続けます。
酷評の後、良さに気づいていろいろと記事を書きましたが、それで酷評記事を読んだ人の嫌な思いが消えるわけではありません。
私はそうした感想を見て疎外感を感じました。ナイヒルではないのにナイヒル扱いされた気分。
もし同じような気分を味わった方がいれば、私の憶測でしかないですが発言者側もそれなりに苦労の時期があったのだろうと思いを馳せ、静かにスクロールすることをおすすめします。
バランスって難しいね。
屁理屈タイムに入ると、プリクエルというか「ダース・モール戦を超えたい」というテーマが持ち出されたのは、出演者のダフネ・キーンのインタビューです。
それに対して、超えた超えられなかったというのは受け取った側の自由だと思います。
なので、私は特に音楽の観点から超えられなかったと思っています。
でも不満を言うときでも攻撃はダメ。不満は1人の不満でしかない。それこそプリクエルの悲劇を思い出してほしい。歴史は繰り返すのだろうか。
※さらに追記。全然知らなかったけど、プリクエルファンが過剰攻撃してるのね。アコライトはプリクエルじゃないんだから、ギャーギャー叫んでもしょうがないのに。
コメント